ベスパ, 食れぽ その他

はじまりの神々

世界のはじめに、三神が生まれた。そのはじまりの神々を「サムハラ」と呼ぶ。サムハラを祀る荒廃した小さな祠が、岡山県津山市加茂町にあった。

加茂町出身の素封家田中富三郎は、幼少の頃よりサムハラを信奉しており、昭和10年にその祠を復興。しかし戦時中、特高警察に不許可神社として撤去を強いられる。

戦後、田中氏は大阪に自費でサムハラ神社を建立。元からあった加茂町の祠は、奥の宮とされた。

そのサムハラ神社は、本宮、奥の宮とも、大変なパワースポットとされている。今回、そこを訪れることが、ツーリングの第一目的となった。

2018年11月11日午前7時45分。気温は10度を切っている。軽い防寒装備で走り出す。

午前8時前、太田氏のSL230と秋山氏のランツァの2台が合流。集合場所のドライブイン西の屋赤坂店を目指す。日陰はけっこうじわじわと寒さが滲みて来る。スピードは出せない。

集合時間より30分近く早く西の屋赤坂店に到着。すると、太田さんが何かに気づく。ハコスカGT(GC10)が駐車場に。クラブ最古参メンバーのひとり、田中さんがいた。田中さんは、最近NSR80を手に入れて原2メンバーとなっているが、今日は岡山国際サーキットでスカイラインミーティングの日なのでお見送りに来てくれたのだった。
総社からの井口さんとも合流し、午前9時過ぎ、ツーリングスタート。

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やまなみ街道は、赤磐市吉井町から津山市に抜ける広域農道で、非常に快適なルート。コーナーは緩やかではあるがアップダウンはかなりある。先頭は私のベスパPX、2番目は妻のNAVI110だったのだが、インカムから妻の「井口さんキター!」の叫び。

ここから私のPXと井口さんのVNB、ベスパ同士の熾烈なバトルが開始された。

低速トルクのある私のPXは、出足では有利。しかし、BigBoxチャンバー付きのVNBは高回転の伸びが凄い。

サイドバイサイド。

コーナー入口では、イン側の足を降ろし、タイミングを取る。肩から身体全体をインにオフセットし、バンク角を探るがごとく内側の膝を突き出す。(しかし、膝は悲しいほど路面の上空にある)

2台のペスパは互いに譲ることなくコーナーをクリアして行く。

長い上り坂で失速し3速へシフトダウンするPXに、55年モノのVNBが4速のまま襲いかかる。ひたすら上半身を前後に降って勢いを付けようとするが、深く前傾姿勢を取ったVNBに、ついに抜かれてしまう。

上り坂では勝ち目がないと悟ったので、下りで勝負。

PXは前後ドラムブレーキのVNBと違い、現代的なフロントディスクブレーキを装備している。それを活かしてコーナーの奥まで突っ込み、一気に向きを変えラインをクロス…のはずが、立ち上がりの加速力が不足していてイン側に車体を押し込んで行けない。

「もっとパワーを!」

と言いながら、ヘルメットの中ではゲラゲラ笑っていた。公道で危険なレースまがいのことをやっているようだが、実は法定速度内であり、互いの技量をよく知っているからこそ安全に楽しむことのできる茶番劇なのだった。

やまなみ街道を途中で県道52へ右折、柵原へ。航続距離の短い原付2種なので、早めの給油が必要なのだ。しかし、標高が下がり吉井川が近づくにつれて霧がどんどん出てくる。太陽が遮られ、かなり寒い。

給油後吉井川沿いに北上。寒いが、霧の合間に色付いた山々の見える、幻想的な風景の中を突き進む。

ぐーぐる先生に従って津山の街中を無駄に通り抜け、R53から加茂町方面の県道6へと。加茂町に近づくにつれ、霧が晴れて気温が上がっていく。色とりどりの衣装を纏った山が幾重にも重なり、澄んだ水の流れる加茂川には、ゴロゴロとした大きな石が転がっている。県北に来たなぁ、と実感。

サムハラ神社は分かりにくい場所にあり、ナビを使っても辿り着けない人もいると聞いていたが、あっさりと到着。ただ、下から上がっていく石段は途中で崩れているそうで、入口よりさらに奥に行くと小さな駐車場があって、そこからは少し歩くだけで到着できる。

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まずは、金刀比羅神社から参拝。建物の規模はあまり大きくはないが、立派な造りの神社だ。辺りは黄色いイチョウをバックに、真っ赤に輝くモミジがちょうど見頃を迎えている。

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金刀比羅神社の右横から、イチョウの絨毯を踏みながら上がると、山頂の展望台に出る。展望台は、高い鉄骨の柱に支えられて上空にあり、そこまで一直線に階段が付いている極めて人工的なもの。まるでバンジージャンプのための踏切台だ。極度の高所恐怖症の私は、勇気を振り絞って一歩一歩上がっていく。上り詰めた展望台は、3畳ほどの広さ。おそるおそる端の手すりまで寄ってあたりを眺める。横から見るとかなり腰が引けていたに違いない。

しかし、なんという絶景。遠くまで連なる山々のシルエットと、煌めく川面。人々の営みを感じる里。県北は艶々とした黒い屋根瓦の家が多い。

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それにしても、この山頂に来てからずっと感じていること。天気が良くポカポカとした日差しなのだが、それにも増して、どこからともなくふわっと吹いてくる暖かい空気に包まれる。まるでファンヒーターでもあるかのような、柔らかくてしかし明確な、暖かな風。とても不思議な体験だった。

山頂にはさらにコンクリートを敷いたステージのような囲いがあり、ここにはミュージシャン(?)らしき男女が二人、なにかの演奏の準備をしていた。

さて、山頂から降りて、いよいよサムハラ神社にお参りをする。

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金刀比羅神社を左手に少し進むと、まだ新しい石の鳥居とサムハラを神字で書いた石柱がある。鳥居をくぐると山肌を少しくり抜いたスペースがあり、そこにサムハラ神社奥の宮の祠がある。

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驚くほど小さな祠だが、この辺りの空気は大変に静かで澄んでいる。何百年、何千年と時が過ぎても、なにも変わることの無いような深く静かな空気。

サムハラの4文字と言葉自体にも不思議な力が宿っており、身を守ると言われている。各地の寺社のお守りの呪文にも使われているそうだ。

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さて、パワースポットでしっかりパワーを充電すると、お腹が減ってきた。ここから越畑経由で山越えし、奥津渓に出る予定。あまり険しい道だと困るな、と思いながらしばらく進むと、なんと今年の豪雨による土砂崩れか、全面通行止め。復旧の目処は立っていないようだ。
紅葉はとびきり美しいのを先程見たので、もう満足だ。なので、来た道を戻って津山でお昼を食べることにする。

津山で人気のラーメン店「麺屋大輔」に行ってみる。以前行ったことがあるが、非常に美味しい豚骨ラーメンだった。しかし、到着してみるとものすごい長蛇の列。ここで太田さんから、「先日行った牛骨ラーメンがイケる」との情報。実は私も以前から気になっていたお店だったので、そちらへ移動した。

津山天満屋の裏、「ちゃ~牛」。千屋牛の肉と牛骨、そして野菜を煮込んだ牛白湯スープをベースにした「牛骨ラーメン」が売り。牛骨ラーメンと言えば、鳥取県倉吉地区を中心としたご当地グルメで、以前当クラブでも食べに行ったことがある。なかなか美味しいとは思ったが、脂がお腹を刺激するらしく、食後みんなトイレ送りになってしまったという伝説のツーリングだった。

さて、こちらのお店の牛骨ラーメン。本家倉吉の物より、遥かに旨い。牛肉独特の匂いがあるが、それを臭みと感じさせないほど旨みが勝っている。煮込まれた野菜の甘みも加わり、非常に滑らかで角の丸いスープ。空きっ腹に染み渡るまろやかで深みのある味だった。チャーシューの代わりに、焼いたカルビが載っているが、これをローストビーフに変え、ゆず胡椒をテーブルに置いてくれたら、もうパーフェクトではないだろうか。(テーブルの上にあるラー油は合わない)

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また、セットの肉巻き焼きおにぎりがまた、よく合う。甘めのタレで焼いた肉を巻いているが、ご飯には紅しょうがが刻んで混ぜ込んであり、味を引き締めている。

食後、皆さんに散策を勧め、私は天満屋のトイレへ。胆嚢を持っていないので、人一倍脂に弱い体質なのだ。そのあまりに早い身体の反応に、自ら「コールアンドレスポンス岡本」と名乗ることにした。

珈琲倶楽部花紋でコーヒーを飲み、一息。早くも帰路につく。家には16時くらいに到着しそうだ。R53を南下し、中島ブロイラーへ寄るつもりだったが、これまたとんでもない列をなしていたのでパス。

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ポカポカとした日差しを浴びながら南へ。そのまま御津で流れ解散となった。

昨今、パワースポット巡りがブームだと言う。サムハラ神社にも、多くの人々が訪れていた。私達も、特に日本神道に帰依している者ではないし、スピリチュアルな事柄に強い興味を持っている訳でもない。単にブームに乗っているだけだと言われれば、その通りかも知れない。

しかし、パワースポットと言われる所に行くと、霊的鈍感者の私でも何かしら感じるものがある。

サムハラ神社で感じたものは「ひたすらの静謐」だった。

悠久の時に目を向けて、心を穏やかにしよう。誰かに悪い感情を持ち続けたり、自分自身を卑下したりするのは、長い時間の中ではなんと無意味なことか。

そんな気持ちに、なった。

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